呪文の現代語訳紹介
お経には呪文が出てきます、その意味を現代語訳で説明してみました。
とても深く良い意味が有りますので、生活の参考にして下さい。
陀羅尼呪
1~43 薬王菩薩が与えた呪文
44~56 勇施菩薩が与えた呪文
57~62 毘沙門天王(多聞天王・北方の守り神)が与えた呪文
63~71 持國天王(東方の守り神)が与えた呪文
72~91 十羅刹女と鬼子母神及びその子らが与えた呪文
●1 安爾(あに)
「幼な子のように新鮮で、素朴な気持ちのこと。」世の中に色々な生物がある中で、人間に生まれること自体が不思議なことです。その上、仏様の教えとの出会いは有り難い事なのです。奇跡的な事なのです。漢訳―奇異(きい)
●2 曼爾(まに)
「自分の心の奥で本当に思い求めていること。」人間は心の奥に他人と一致することを喜ぶ心も持っています。ですから、楽しいことも苦しい事も共に共感すれば心が安らぐのです。漢訳―所思(しょし)
●3 摩称(まね)
「仏様の教えをいろいろな時や場所で繰り返し思い浮かべること。」それによって有り難い教えが心に沁み込んでいくのです。漢訳―意念(いねん)
●4 摩摩禰(ままね)もしくは摩々禰(ままね)
「仏様の行いを繰り返しているうち、無意識でも、仏様の教えに合った行いができるようになること。」漢訳―無意(むい)
●5 旨隷(しれい)
「目先のことにとらわれず、永遠の時の流れの中にある自分を考えること。」真実のことがわかってきます。漢訳―永久(えいきゅう)
●6 遮梨第(しゃりてい)
「仏様のなさるいろいろな行いを大事なことと思って繰り返して習うこと。」すべての人を大切に、その心を救おうと心掛け続けるのです。漢訳―所行奉修(しょぎょうぶしゅ)
●7 賖咩(しゃみゃ)
「周りの変化にとらわれることなく、変化を受け入れて心静かでいること。」例えば『人は歳を取るが当たり前のこと』として素直に受け入れると心が静かでいられます。漢訳―寂然(じゃくねん)
●8 賖履多瑋(しゃびたい)
「物事にとらわれず、執着しないこと。」美しい物を見て美しいと観じていれば良いが、それを自分の物にしようと欲を出すのは好(この)ましくありません。欲に振り回されてしまいます。漢訳―澹泊(たんぱく)
●9 羶帝(せんてい)
「静かに落ち着いた状態。」心を乱さないように、不動心を心掛けるのです。漢訳―志黙(しもく)
●10 目帝(もくてい)
「自由の境地を得ること。」惑(まど)いを離れると苦しみを離れることができます。それを阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)とも言う。漢訳―解脱(げだつ)
●11 目多履(もくたび)
「迷いのこの岸から悟りの彼の岸に向かって他の人も救っていくこと。」苦しい辛い世界からみんなで楽な世界に行こうとするのです。漢訳―済度(さいど)
●12 娑履(しゃび)
「どんな人間でも救うこと。」『善人だけでなく、悪人も救う。智慧のある者だけでなく、愚かな者も救う。金持ちも貧乏人も救う。』のです。漢訳―平等(びょうどう)
●13 阿瑋娑履(あいしゃび)
「自分中心には物事を考え無いこと。」人間は一人でなくみんなで助け合って生きている。相互扶助なのです。さらに、周りの多くの物・環境によっても生かされているのです。漢訳―無邪(むじゃ)
●14 桑履(そうび)
「心が平和で落ち着いていること。」皆が私心(わたしこころ)を捨て、喜んで一致して仲良くする。そうなれば、真の世界平和になると思います。漢訳―安和(あんな)
●15 娑履(しゃび)
12の繰り返し。漢訳―普平(ふひょう)と訳す人もいたが平等(びょうどう)と同じ意味
●16 叉裔(しゃえい)
「迷いとか苦しみを滅し尽くすこと。」人生のつまらない事に囚(とら)われている心持ちを無くしていくと、静かな境地(涅槃)に入っていきます。漢訳―滅尽(めつじん)
●17 阿叉裔(あしゃえい)
「囚われの心持ちを無くしていくと、仏様のような尊い性質を発揮し続けていけるということ。」そう、慈悲心も持ち続けていられるようになります。漢訳―無尽(むじん)
●18 阿耆膩(あぎに)
「迷いを脱し尽くすこと。」迷いは次から次へと生じてきます。理想として、迷いの無い境地を志して進むのです。漢訳―莫脱(まくだつ)
●19 羶帝(せんてい)
「物事を奥深く受け止め、深く考えること。」そうすると周囲のいろいろな事に振り回され無くなり、心は動揺しなくなるのです。漢訳―玄黙(げんもく)
●20 賖履(しゃび)
「8の賖履多瑋(しゃびたい)の漢訳澹泊(たんぱく)とほぼ同じ意味です。物事にとらわれないこと。」地位や身分や財産などにこだわらないだけでなく、「悟った」と誤解してしまうのは落とし穴です。漢訳―澹然(たんねん)
●21 陀羅尼(だらに)
「善を維持して悪を起こさないようにすること。」善い事をしようと思ったらその心持ちを無くさないようにし、悪い事する気持ちを起こさないようにする。そうすれば良いことだけ行うようになります。漢訳―総持(そうじ)
●22 阿盧伽婆娑簸蔗毘叉膩(あーろきゃーばーしゃーはーしゃーびーしゃーにー)
「自分自身を客観的に振り返ってみること。」すると、自分の長所も短所も解(わか)り、更に深く観察すると仏様と相通ずる貴(とうと)い心持(こころもち)があるのに気が付きます。それを仏性(ぶっしょう)と言います。漢訳―観察(かんさつ)
●23 禰毘剃(ねーびーてー)
「我々凡夫でも心の奥底に光り輝(かがや)く本性があるということ。」我々凡夫は迷いに満ち、煩悩や五欲という垢にさえぎられているものの、修行により光(ひかり)輝(かがや)く仏性(ぶっしょう)が現れてきます。漢訳―光耀(こうよう)もしくは光輝(こうき)
●24 阿便哆邏禰履剃(あーべんたーらーねーびーてー)
「自己を恃(たの)む。自分の努力・修行を頼りにするということ。」そうして仏様の教えに叶(かな)った修行をすれば、仏様の境地に達せられるのです。漢訳―恃怙(じこ)
●25 阿亶哆波隷輸地(あーたんだーはーれいしゅーだい)
「行いも言葉も心に思うことも、穢(けが)れが無く清浄であること。」雑念(ざつねん)妄想(もうそう)の無い境地を目指して精神修養するのです。漢訳―究竟清浄(くきょうしょうじょう)
●26 欧究隷(うーくーれー)
「地面に凸凹が無いように、心の中に欠けた所がないということ。」すなわち、心が穏やかであるということです。漢訳―無有坑坎(むうこうかん)(坑坎(こうかん)有ること無し)
●27 牟究隷(むーくーれー)
「地面に高い低いが無いように心が上下しないこと。」26と同じ様に心が穏やかであることです。漢訳―亦無高下(えきむこうげ)(亦(また)高下無し)
●28 阿羅隷(あーらーれー)
「善い事を考えたり悪いことを考えてしまったりと心がグルグル回ってしまう事が無いこと。」仏様の境地に向かって進むのです。修行するのです。漢訳―無有廻旋(むうえせん)(廻選有ること無し)
●29 波羅隷(はーらーれー)
「自分だけでなく、周囲の者も一緒に仏様の境地に向かって進もうとすること。」菩薩の修行なのです。皆とともに悲しんだり喜んだりしながら、それを脱していく境地なのです。漢訳―所周旋處(しょしゅうせんところ)(周旋する所の處)
●30 首迦差(しゅーぎゃーしー)
「一切の物を見る目がとらわれをもたず、清浄だということ。」慈悲心の無い感性では、物事を見ないでください。例えば、すべての物に使命(しめい)が有り、存在理由が有りますから。漢訳―其目清浄(きもくしょうじょう)(その目清浄なり)
●31 阿三磨三履(あーさんまーさんびー)
「仏様になる可能性は等しく持っているけれど、修行の条件はそれぞれ異なる。等しく無いということ。」ですから、他人と比べる事無く努力し、修行すべきなのです。漢訳―等無所等(ちうむしょとう)(等しくして等しき所なし)
●32 仏駄毘吉利袠帝(ぼっだーびーきりじってー)
「一切の迷いを離れて覚(さと)りを得ると、絶対の境地に達(たっ)するということ」そうなると、どのような変化・困難な事にも迷わず対応できるようになるのです。漢訳―覚已超度(かくいちょうど)(覚(さと)り已(おわ)って超度する)
●33 達磨波利差帝(だるまーはーりーしーてー)
「覚(さと)りを得られるように、仏様は相手に応じた教えを説いている。誰の為に説いているか推察すべきということ。」慎重な者と慌て者では覚りを得る修行方法は異なるので、教えも異なる。そういう事を察して教えを理解するようにすべきなのです。漢訳―而(じ(に))察(さつ)於(お)法(ほう)(而も法を察する)
●34 僧伽涅瞿沙禰(そうぎゃーねーくーしゃーねー)
「大勢の人が仏様を有り難く思い、教えを学んでいる時は、音がしないということ。」自分本位の利害を言い合うと騒(さわ)がしいのです。自己中心を改めましょう。漢訳―合衆無聲(ごうしゅうむしょう)(衆を合して音無し)ここでは音(おと)と聲(こえ)を同じ意味に使っています。
●35 婆舎婆舎輸地(ばーしゃーばーしゃーしゅーだい)
「説くところが相手にハッキリ理解されるということ。」本当に自分が解かっていれば、相手にも理解し易く説明できるのです。技術的なこともそうです。漢訳―所説鮮明(しょせつせんめい)(説く所(ところ)鮮明なり)
●36 曼哆邏(まんたら)
「壇(だん)とは必要なものが揃(そろ)っていることです。」ですから、具足(ぐそく)とも訳されたのです。この法華経には全(すべ)ての功徳や力が揃(そろ)っているのです。漢訳―壇もしくは具足
●37 曼哆邏叉夜多(まんたらしゃーやーたー)
「全ての功徳が備わっている教えの中に落ち着いていること。」その教え以外のことには迷わない。漢訳―止足(しそく)
●38 郵楼哆(うーろーたー)
「世のため人のため限度無く尽くすこと。」力の許す限り善い事を行い、一人でも多くの人を救うのです。漢訳―盡除節限(じんじょせつげん)(畢(ことごと)く節限(せつげん)を除く)
●39 郵楼哆驕舎略(うーろーたーきょうしゃーりゃー)
「仏様の声すなわち教えを世の中に弘(ひろ)めていくこと。」漢訳―宣暢音響(せんちょうおんきょう)(音響を宣暢する)
●40 悪叉邏(あーしゃーらー)
「相応(ふさわ)しい教えを与える為に、迷った大勢の人の求めを聞き取って理解すること。」人々の悩みを良く理解すれば、相応(ふさわ)しい教えを説くことも可能になるのです。漢訳―暁了衆聲(ぎょうりょうしゅうしょう)(衆(もろもろ)の聲(こえ)を暁(さと)り了(おわ)る)
●41 悪叉冶多冶(あーしゃーやーたーやー)
「迷った大勢の人の心が解(わか)ったら、それに相応(ふさわ)しい教えを説くこと」人々の求めることが解(わか)れば、教える方法や手段など、教え方も分かるようになるのです。漢訳―而了文字(じりょうもじ)(而(しこう)して文字を了(りょう)す)
●42 阿婆盧(あーばーろー)
「本当に良い正しい教えが無くなる事は無いということ。」そこで、自信を持って正しい教えを伝え弘めていきましょう。漢訳―無有窮盡(むうぐうじん)(窮盡有ること無し)
●43 阿摩若那多夜(あーまーにゃーなーたーやー)
「意識しなくても、自然に良い心持ちばかり起こってくること。」自分の修行が積めると、行うことが自然に仏様の教えに適(かな)い、周囲に善い影響を与えるようになるのです。漢訳―無所思念(むしょしねん)(思念する所無し)
●44 痤隷(ざーれい)
「仏様の説いた尊い教えが周りを照らして世界を明るくすること。」自分が心から納得できた仏様の教えを少しでも人に伝えれば、内から出た光となり、周りから消すことは出来ません。漢訳―晃耀(こうよう)
●45 摩訶痤隷(まーかーざーれー)
「仏様の教えは大きな光で世界の隅々まで明るくするということ。」権力者に対してもも恐れる事なく、仏様の教えを伝えることができます。漢訳―大明(だいみょう)
●46 郁枳(うっきー)
「火を焚(た)くと炎ができて、その光が周囲を明るくするということ。」燃料を供給し続けなければ火は弱くなって消えていく。ですから、修行に励(はげ)み、内なる光を出し続けることが大切です。漢訳―炎光(えんこう)
●47 目枳(もっきー)
「仏様の教えは人々を救う光ですから、その教えを演(の)べ伝えることを自分の喜びとも義務とも受け止めること。」仏様の教えを伝える者、信仰を伝える者の心得です。漢訳―演輝(えんき)(輝(ひかり)を演べる)
●48 阿隷(あーれー)
「この教えは最も勝(すぐ)れているから、世の中の人は集まって来て教えに帰依(きえ)すべきだ。」との信念を持って教えを弘(ひろ)めることが大切という意味です。漢訳―須来(すらい)(須(すべから)く来(きた)るべし)自信の力
●49 阿羅婆第(あーらーはーてー)
「仏様の教えは非常に美しく、誰もが褒(ほ)め称(たた)えないではいられないということ。」教えを本当に味わっていけば、心が惹(ひ)きつけられてしまうのです。漢訳―富章(ふしょう)(美しさに富(と)む)
●50 涅隷第(ねーれーてー)
「仏様の教えによって心の奥に悦(よろこ)びが生じ、そして笑顔となって喜(よろこ)びが表面化すること。」また言葉遣いや行いにも喜びが溢れてきます。漢訳―悦喜(えつき)
●51 涅隷多婆第(ねーれーたーはーてー)
「涅隷第(ねーれーてー)すなわち漢訳―悦喜(えつき)の状態が続いていること。」いつまでも笑顔で有り難い気持ちでいられるということです。漢訳―欣然(ごんねん)
●52 伊緻柅(いちにー)
「心がいつも仏様の教えの中に落ち着いていること。」どんな職業についていても、心は仏様の教えの中に落ち着いていられるのです。漢訳―住止(じゅうし)
●53 韋緻柅(いちにー)
「仏様の教えを実行するのに、自分の境遇や事情さらに周囲との関係等を考える。そして、順序立てて、自分のできる適切なことから行っていくこと。」漢訳―立制(りゅうせい)(制(せい)を立(た)てる)
●54 旨緻柅(しちにー)
「仏様の教えの中にずーっと心を落ち着けていながら、教えを弘(ひろ)めていこうと心掛け続けること。」仏様の教えを弘めるための大切な心掛けです。漢訳―永住(えいじゅう)
●55 涅隷墀柅(ねーれーちーにー)
「時勢や社会に迎合(げいごう)せず、真実である仏様の教えを説き続けること。」賛同されなくても、相手のためになる慈悲心で言えば、いつか解(わ)かってもらえる。漢訳―無合(むごう)(合すること無し)
●56 涅犂墀婆底(ねーりーちーはーちー)
「教えに賛同しない者を無理に集めようとしないこと。」真実の教えをいただく者のみ集めれば良いのです。漢訳―無集(むしゅう)(集(あつ)まること無し)
●57 阿梨(あーりー)
「あらゆる働きがその中に具(そな)わっていること。」真実の教えには、限りなく人々を救う働きもあります。漢訳―富有(ふゆう)
●58 那梨(なーりー)
「仏様の真実の教えを弘める場合、他の教えよりレベルが高いので、他の教えとは論争にならない、実力が違いすぎるということ。」そのくらいの自信を持って仏様の教えを弘めるべきなのです。漢訳―調戯(ちょうぎ)(からかう)
●59 菟那梨(とーなーりー) ≪【菟(と)】は経本では『草かんむり』でなく『少かんむり』になっている。≫
「信仰を励(はげ)む上には心に少しでも緩(ゆる)みがあってはならないということ。」貪(むさぼ)り・瞋(いか)り・癡(おろ)か等を如何(いか)に無くすかが一番大切な修行で、欲望に振り回されることが無いように心掛けるのです。漢訳―無戯(むぎ)(戯(たわむ)れること無し)
●60 阿那盧(あーなーろー)
「仏様の慈悲も教えの力も無量であるということ。」絶対的にすぐれたものは無量の力・光・価値を持っているのです。漢訳―無量(むりょう)
●61 那履(なーびー)
「仏様の教えがもっとも勝れて心豊かなものであること」仏様の教えより優(すぐ)れたものは無いのです。漢訳―無富(むふ)(富めるもの無し)
●62 拘那履(くーなーびー)
「仏様の教えより勝れたものがあるのかということ」有りはしないという意味です。漢訳―何富(かふ)(何の富ぞ)
●63 阿伽禰(あーきゃーねー)
「仏様の教えよって救われる可能性のある人は無数(むすう)であるということ。」ですから、多くの人々が救われるのです。漢訳―無数(むしゅ)
●64 伽禰(きゃーねー)
「仏様の教えによって救われる人は有数(ゆうすう)であるということ。」ですから、仏様の教えを信ずる者は信じない者の手本となるべく、精進(しょうじん)しなければならないし、その功徳は非常に大きいのです。漢訳―有数(うしゅ)
●65 瞿利(くーりー)
「非常に悪いことをする者にも仏様の教えを伝えて救うこと。」そうでない人は慈悲心が足りないのです。漢訳―暴悪(ぼうあく)
●66 乾陀利(けんだーりー)
「良い香りが周りの人を良い気持ちにするように、仏様の徳は周りの人を自然に感化(かんか)するということ。」そこで、仏様の教えを身につけていると、自然に周囲を感化するということを認識しておくことが大切です。漢訳―持香(じこう)
●67 旃陀利(せんだーりー)
「星の光が鋭く激しくしかも美しいこと。」そのように、仏様の教えは勝(すぐ)れ、周囲を良く感化(かんか)するのです。漢訳―曜黒(ようこく)
●68 摩蹬耆(まーとうぎー)
「間違った考えがなくなるように祈ること。」凶は間違った考えとか悪い事という意味で、祝は良くなるように祈るという意味があります。漢訳―凶祝(きょうしゅく)(本によっては列の右側が凶になっている。)
●69 常求利(じょうぐーりー)
「仏様の教えの根本を良く理解し、枝葉末節(しようまっせつ)にとらわれないようにすること。」テクニック的な事にこだわり、基本的な原理を理解しないでいると教えは弘められません。漢訳―大體(だいたい)
●70 浮楼莎柅(ぶーろーしゃーにー)
「仏様の心持ちに順(したが)って教えを説くこと。」相手に受け入れられるだけでなく、仏様の教えに適(かな)っていることも大切です。漢訳―順述(じゅんじゅつ)(順(したが)って述べる)
●71 頞底(あっちー)
「仏様の教えはもっとも勝(すぐ)れたものということ。」そう信じて教えを弘めるのです。漢訳―至有(しう)
●72 伊提履(いーでーびー)
「迷いだらけ間違(まちが)いだらけで、罪や過(あやま)ちを多く犯(おか)している凡夫(ぼんぶ)を救うこと。」迷っている人々を仏様の教えで救うのです。漢訳―是(これ)に於いて
●73 伊提泯(いーでーびん)
「娑婆世界で過ちを犯し続けている凡夫を救う大変なこと。」だから、迫害にだって会うのです。漢訳―斯(ここ)に於いて
●74 伊提履(いーでーびー)
72の繰り返し
●75 阿提履(あーでーびー)
「特別な人にだけに教えを説くのではなく、すべての人に教えを説くこと。」そして、多くの人々を救うのです。漢訳―民(たみ)に於いて
●76 伊提履(いーでーびー)
72と74の繰り返し
●77・78・79・81・82 泥履
「自分本位ではなく、多くの人が救われる事を願うこと。」『自己が無い』という意味ではありません。大事なことなので、繰り返してあります。漢訳―無我(むが)
●83・84・85・86 楼醯(ろーけー)
「仏様の教えが弘(ひろ)まる機運が高まっていると確信を持つこと。」教えを弘めるための信念が高まります。大事なことなので、繰り返してあります。漢訳―已興(いこう)(已(すで)に興(おこ)れり)
●87・88・89 多醯(たーけー)
「初めは自分一人だけど、信じて努力しているうちに教えが弘(ひろ)まること。」仏様の教えを弘める者の心得です。漢訳―而(しこう)して立つ
●90 兜醯(とーけー)・91 菟醯(とーけー)
「仏様の教えを信じて修行したり、教えを弘(ひろ)めたりすれば、石を投げられたり杖で打たれたりすることはあっても、心の中まで害を加えられることはない。」仏様の教えを実践する時、迫害に会うことは有ります。漢訳―無加害(むかがい)(害を加(くわ)うる無し)
《参考資料》
法華経大講座 著者 小林一郎 / 発行所 株式会社平凡社
昭和12年2月24日発行
財団法人 法華会 連続講話 久保田 正文述 平成4年9月~平成5年1月号
陀羅尼神呪謹解 和歌山県布教師会長 南紀妙顕山 経王寺 青木泰秀発行 昭和57年春
普賢呪
1~20 普賢菩薩が説いた呪文
●1 阿檀地(あーたんだい)
「自分の利害損得を考えずに、他人の為に力を尽くすこと。」そうでなければ、他人は救えないのです。漢訳―無我(むが)
●2 檀陀婆地(たんだーはーだい)
「自分のことを考えずに、すべての人が良くなるように思い行なうこと。」菩薩の修行の実践なのです。漢訳―除我(じょが)
●3 檀陀婆帝(たんだーはーてい)
「解らない者に対してもあの手この手を使い、理解できるようにするということ。」仏様は常にこのように働きかけて下さっています。漢訳―方便(ほうべん)
●4 檀陀鳩賖隷(たんだーくーしゃれー)
「己(おのれ)を捨てて相手を思いやると皆が和を持って仲良くできるということ。」そう心掛けましょう。漢訳―仁和(にんな)
●5 檀陀修陀隷(たんだーしゅーだーれー)
「自分の都合、意見、立場などに固執せず、周りの人にとって好ましいようにするということ。」仏様になったつもりで心掛けてみましょう。漢訳―甚柔軟(じんにゅうなん)(甚(はなは)だ柔軟(にゅうなん))
●6 修陀隷(しゅだーれー)
「自分のわがままを押し通さず、他の人を幸せにするように努めること。」そうすればよい修行になります。漢訳―甚柔弱(じんにゅうじゃく)(甚だ柔弱)
●7 修陀羅婆底(しゅだらはっちー)
「お経を読んだり仏様の教えを理解しようとしていると、仏様のお心持が少しだけ解るときがあるということ。」それを手掛かりに修行していくと仏様のお心持の全体が何となくわかってくるのです。漢訳―苟見(こうけん)(「苟(いやしく)も」は「かりそめに」という意味)
●8 佛駄波羶禰(ぼーだーはーせんねー)
「仏様が永く苦行されて得られた教えをお経として残されている。ですから、難行苦行の功徳を譲られたと同じということなのです。」仏様になる可能性を教えていただき、誠に有り難いことなので、心して多くの人に伝えるべきでしょう。漢訳―諸佛廻(しょぶつえ)
●9 薩婆陀羅尼阿婆多尼(さるばーだらにーあばばあたに)
「あらゆる善い事を行い続けて、あらゆる悪いことが起こらないようにしていれば、周囲に良い感化を与え周囲の大きな力になっていくこと。」菩薩の修行に通じます。漢訳―諸総持廻(しょそうじえ)
●10 薩婆婆沙阿婆多尼(さるばーばーしゃーあーばーたーにー)
「大勢の人の中に入って模範となる事をして、その後『一緒に仏様の境地に向かって修行しよう。』と誘えば、皆も同じ心持になるということ。」僧侶はそのようにしなくてはいけないのでしょう。漢訳―行衆説(ぎょうしゅせつ)(衆(しゅ)に行(ぎょう)じて説(と)く)
●11 修阿婆多尼(しゅーあーばーたーにー)
「一つでも善い事をすれば、廻って行って他の人にも善い感化を与え、利益を与えること。」漢訳―皆廻転(かいえてん)(皆(みな)廻(え)転(てん)す)
●12 僧伽婆履叉尼(そうぎゃーはーびーしゃーにー)
「仏様の最高の教えであるので、長い間にはこの教えに衆(しゅう)が集まってくると確信すること。」この事が真実か確認して下さい。漢訳―盡集会(じんしゅうえ)(尽(ことごと)く集会(しゅうえ)する)
●13 僧伽涅伽陀尼(そうぎゃーねーぎゃーだーにー)
「人の迷いによって貪(むさぼ)り・瞋(いか)り・癡(おろか)などの悪い心持ちが起き、悪い境遇に落ちていきます。仏様の教えによって救われるので、そのことを伝えると悪い境遇(衆趣(しゅしゅ))を除くことができるということ。」貪(むさぼ)り・瞋(いか)り・癡(おろか)を除くよう心掛けましょう。漢訳―除衆趣(じょしゅしゅ)(衆趣を除く)
●14 阿僧祇(あーそうぎー)
「一人が正しい教えに入って仏様に近い行いをすると、他の人に及び、また他の人にも及びます。ですから、数限り無い多くの人に利益をあたえることになるので、無数なのです。」一人の信仰によっても多くの人が救われるのです。漢訳―無数(むしゅ)
●15 僧伽波伽地(そうぎゃーはーぎゃーだい)
「仏様の教えの言葉でもお経の一句一偈でも、深く考えると貴(とうと)さがあり、心の奥から納得している事が仏になる道であるということ。」お経の一文(いちもん)でも理解し納得することが大切なのです。漢訳―計諸句(けいしょく)(諸句を計(けい)す)
●16 帝隷阿惰僧伽兜略阿羅帝波羅帝(ていれーあーだーそうぎゃーとーりゃーあーらーてーはーらーてー)
「過去・現在・未来で人間の行うべき道は同じだということ。」社会が変わっても人間の心の根本は変わらない。その精神の根本を修める教えは変わらない。だから、仏様の教えは精神的な助けになります。漢訳―三世数等(さんせすうとう)(三世の数(すう)等(ひと)し)
●17 薩婆僧伽三摩地伽蘭地(さるばーそうぎゃーさんまーじーきゃーらんだい)
「自己中心の損得勘定する心を捨てるということ。」報いを求めていては善い事が徹底しないので、菩薩の修行にはならない。漢訳―越有為(えつうい)(有為を超(こ)える)
●18 薩婆達磨修波利刹帝(さるばーだるまーしゅーはりせってー)
「世の中の色々なこと出来事などを学び知らなければ、仏様の教えを弘めることは出来ないということ。」お経の勉強だけで、人々の境遇・周囲の事情・世界の情勢など知らなくては、適切な教えを与えられない。そして、人は救えないし、教えも弘められない。漢訳―学諸法(がくしょほう)(諸法を学す)
●19 薩婆薩埵楼駄憍舎略阿菟伽地(さるばーさったろうーだーきょうしゃーりゃーあーとーぎゃーだい)
「大勢の人の声を聴いて、その内容を理解すること。」人々の求めること、欲求を暁(さと)る事が教えを弘(ひろ)める為に大切なのです。漢訳―暁衆生音(ぎょうしゅじょうおん)(衆生(しゅじょう)の音(おん)を暁(さと)る)
●20 辛阿毘吉利地帝(しんなーびーきりだいてー)
「獅子(しし)は百獣の王と言われるが、仏様の教えは最も勝れており、この教えより上は無いということ。」漢訳―師子娯楽(ししごらく)(師子は獅子のこと、百獣の王)
《参考資料》
法華経大講座 著者 小林一郎 / 発行所 株式会社平凡社
昭和12年2月24日発行
陀羅尼神呪謹解 和歌山県布教師会長 南紀妙顕山 経王寺 青木泰秀発行 昭和57年春







